朝井リョウ『武道館』感想文

朝井リョウさんの『武道館』読了。

以下、あらすじ。完全にネタバレです。

 

人気上昇中のアイドルグループ・NEXT YOUに所属する愛子は、子どもの頃からの夢を叶えてアイドル活動をしている女子高生。

メンバーの脱退、ファンからの「ありがたいアドバイス」、「世間」からの悪意、年齢を重ねていく自分自身の未来・・・アイドルでいるために課されるあれこれに揺らぎ疲弊していく愛子の心の支えは、幼なじみの大地だった。

罪悪感を覚えながら大地と結ばれた後も、愛子は恋愛にのぼせるわけでもなく、粛々と活動を続けながら、自身やグループの進む先に悩み苦しんでいた。

そして。

目標だった武道館ライブを目前に、同じく恋人を拠り所にしてしまったメンバーの碧と共に、愛子はNEXT YOUを去ることになる。

 

アイドルの恋愛が発覚してアイドルでいられなくなる話、と言ってしまえばそれまでだが、作中で描かれる恋愛は決して浮ついたものではなく、アイドルで居続けるための唯一の心の支えという切実なものであるところが、いち人間として痛いほど理解できる。ファンにもクラスメイトにもメンバーにさえも言えない本音をただひとり受け入れてくれる味方、それがたまたま異性の幼なじみだっただけだ。

 

恋をすることを苛烈に批判する行為は、一般的には「酷いこと」とされる。愛子が芸能活動をしていない普通の女子高生(あるいは社会人)であれば、恋人の存在は日々のモチベーションを高めるものとして好意的に捉えられていたはず。

けれど、とりわけアイドルの恋愛に対して世間の目は厳しい。恋愛禁止を飲んだ上でアイドルになったのだから、という批判の声は、正論ではある。事務所やレコード会社など、彼女らがアイドルでいられるよう懸命にサポートするスタッフが大勢いる中での裏切り行為は、厳しいようだが簡単に許されるものではないと思う。

恋愛スキャンダルが発覚する度に「アイドルの幸せを喜べないのは本当のファンではない」という声が聞かれるが、一人の人間としての幸福追求と仕事の成功とは分けて考えなければいけないと思っている。ファンの中にはそのアイドルと恋仲になりたいと思っている人もいるだろうが、アイドルという仕事の成功に投資しているファンも少なくない。その成功を自ら手放す行為は、やはり褒められたものではないし、彼氏ができてよかったね、なんて無邪気に喜んでいられない。

そもそもアイドルが恋愛禁止を公言する(させられる)ってどうなのよ、という問題はあるけれど・・・。

 

恋愛が許されない、というか好意的に受け止められないケースは、恋愛禁止をうたった女性アイドルに限らない。恋愛禁止を公言していないアイドルはもちろん、女優でも俳優でも、特に駆け出しの芸能人の恋愛に対するファンの反応は概ね厳しい。芸能人ではないただの学生に対しても、恋愛禁止を掲げる運動部が存在するし、恋愛は受験勉強の妨げになるという大人もいる。

スポーツ選手の恋愛・結婚は好意的に受け止められているな、とずっと思っていたが、自分がプロ野球ファンになって意識的にニュースを見るようになるとそうとも限らないことが分かった。例えば二軍でくすぶっている選手と有名なアナウンサーとの熱愛が報道されると、「女を追いかける暇があるなら練習しろ」などと言われてしまったりする。一方で、一軍で結果を出している選手が学生時代からの交際相手と結婚すれば「支えてくれる人が出来て良かったね」と歓迎される。

つまり、一般論として「恋愛」は浮ついた、何かを極めるための障害になるものなのだ。そして、勉強なり仕事なりの成果(身の程)に見合っているかどうかが、その恋愛・結婚を肯定または否定する基準になっている。

 

アイドルは沢山のことを求められる。歌って踊って笑わせて、作詞作曲やお芝居もして。その全てを高いレベルで器用にこなすアイドルもいるけれど、基本的には、あらゆる仕事に一生懸命であることそのものがアイドルをアイドルたらしめている。突き抜けた才能はむしろ叩かれ、隙がある方が好まれる。

アイドルの恋愛が批判されるのは、ファンにとって疑似恋愛の対象だからというだけではなくて、アイドルという肩書以外に価値がないと、見下されているからだと思う。

作中にもこんな記述がある。

 

【応援はしているけれど、自分たちよりもいい生活をすることは許さない】という視線。

 

【応援はしているけれど、アイドル以外の道で生きていけるほどの商品価値はないことはきちんと知らしめておきたい、そしてそんなことこちら側はずっとずっと前からわかっていた】という視線。

 

朝井リョウさんは本当に恐ろしい人だ・・・。

アイドルを応援するという行為には自己投影がつきものだ。自分が叶えられない夢を代わりに実現させてくれる存在として応援する一方で、夢から、そして自分の生活からかけ離れた幸せ――例えばお金持ちになるとか、セックスをするとか――は許さない。自分と同じくらいか、それよりも弱い存在を愛でることによってカタルシスを覚える、という側面は否めないと思う。

 

エピローグで、NEXT YOUはメンバーチェンジを重ね結成15周年を迎えるアイドルグループになっている。30歳を超えた愛子ら1期生がステージに立つ姿を見たライブスタッフは「アイドルをアイドルたらしめているものってなんなんだろう」とぼやくが、年齢に見合わない衣装や髪型で懸命に「アイドルする」姿もまた、ファンが求めるアイドル像なのだ。

アイドルの応援とは、応援という言葉で彼・彼女らにいつもいつまでも「僕/私の夢」の枠からはみ出さないことを求め続ける、とても残酷な消費行動なのかもしれない。